Wooldridge "Introductory Econometrics" のEdition間比較

こんな分厚い本を繰り返し出す著者の体力に脱帽。

モチベーション

計量経済学のテキストの中で、Wooldridge ”Introductory Econometrics”とStock, Watson “Introduction to Econometrics”の2冊が学部レベルをすべてカバーしている定番のテキストとして挙げられることが多いです。

ただ、いかんせん洋書は高い＆読むのに時間がかかります。後者はただ単に「母国語でない言語で本を読むのは大変だし諸学だと身につきづらい」というだけの話で、そういう意味では第2版の完訳が出ているStock and Watsonは導入にいいと思っていますが（SWについては前記事参照）、邦訳も高いのには変わりありません。

そういう面では、Wooldridgeは過去版やGlobal Editionと称したコピー版がかなり豊富に流通していて、比較的財布にやさしいと思います。そういう意味で、Wooldridgeの古いバージョンで勉強している学生が僕の周りでは結構多い印象です。

ただ、Wooldridge ” Introductory Econometrics” は現在第7版まで出ていて、様々な改訂があります。基本的な説明等は変わっていないことも多く、お求めやすい過去版を読んでから、変更部分だけ最新版を読むのは有益だと思います。その過程で、現時点で最新版までの各edition間の変更点等についてまとめてみましょう、というのがこの記事の趣旨です。（まとめ方についてはS&Wと同様、Prefaceで指摘されている部分と目次の対照でどうにかしています。詳細は前記事をどうぞ）

最初にどれを読もうか？

執筆時点（2019年末現在）で、テキストは最新版が第7版、Amazonで出回っているのは第4版のInternational Edition以降のようでした。

前述のように、どれかをベースとして読んで、＋αで最新版の改訂部分を読むのが良い戦略のように思っています*1。となると、最初にどの版を読むのがいいかという話になりますが、この辺りは3つくらい基準がありそうです。

1. （買う場合は）入手価格
2. （借りる場合は）図書館での流通量
3. その他：Materialの特徴等

いかんせん分厚い教科書なので、長い間手元において読み続ける必要が出てきます。そのため、いっそ安い版を買ってしまおう！というのも手だし、図書館で継続して借り続けるためには、蔵書数・所蔵館が多くて入手しやすい＋予約が入りにくい方がよさそうな気がします。

というわけで、僕はこの辺りの視点でベースの版を決めました。

Let's 価格調査

実はこの作業が結構楽しいんだけど、何も生まないんだよな…。

で、Amazonで2019年11月末時点の価格調査をば。

7th Edition (2019)	￥20,279
6th Edition (2015)	￥8,756
5th Edition (2012)	￥6,067
5th Edition (Paperback, International Ed. 2013)	￥4,793
4th Edition (Paperback, International Ed. 2008)	￥2,786

という感じになりました。

4^thは安いですが、Paperbackしかないのとやや古すぎる感じもする…。

これは余談になりますが、International Editionには一部抜けがあることもあり不安もあるので、個人的にはあまり使いたくないです。

図書館蔵書についての雑感

蔵書については地域によって偏りがありすぎるので一概には言えません。ですので、完全な私見にはなりますが：

• 公共図書館には分厚い洋書はあまりないです…。
• 地域内の比較的大規模な図書館に行って一番よく見かけるのは第5版な気がします。
• 大学図書館に行くと最新版は一部にしか置いていなくて、第6・5版が多いイメージ。最新版を読むなら戦争か…！
• 貸出できなくてよいなら、国会図書館には第5版・第6版が2冊ずつあります。

なお、近隣の図書館の所蔵を調べるにはカーリルというサービスがとても便利です。

calil.jp

以上2点を見る感じ、入手可能性が高そうな版のうちより古い5thくらいから比較してみることにします。

余談ですが、5th Editionを使っていた学生はPCにテキストを入れてる人も多かったです。たぶんそういうことなんだと思いますが…*2、法に触れることになっているので、真似はしないことをお勧めします。

第5版を最初に勧めるもう一つの理由

というわけで一番安く手に入れやすい5th Editionから比較しようとしているのですが、実はもう1点、第5版がそれまでと比較して非常に優れた点があります。

それが、データ公開のフォーマットが広がったことです。WooldridgeのIntroductoryはComputational Exercisesに使うものに加え、説明の中で示される実証を行うのに用いられたデータを中心に、実際の論文で使われたものを幅広く公開しています。数にして第4版時点で約100！太っ腹。データのリストは以下にあります。

fmwww.bc.edu

そして、そのデータを入手する際のフォーマットが、第4版まではASCII、EViews、Excel、Stataの4種類だったのが、第5版でRとTeXにも対応したのです。しかも、Rはデータを格納したPackageが存在するという充実っぷり。

cran.r-project.org

オープンソースでフリーに利用できるRが仲間入りしたのはうれしいポイントでした。

さらに、計量経済学のRでの実装に関してはHeiss "Using R for Introductory Econometrics"という本が出ているのですが、この本はWooldrigdeのIntroductory Econometricsに完全準拠して書かれています。

urfie.net

オンラインで無料で読むこともできるので並行学習に有用なのですが、この本のPrefaceには参照するWooldridgeのEditionについて、以下のように書かれています：

The other chapters have the same names and cover the same material as the respective chapters in Wooldridge (2016). (…) Because we are explicitly building on Wooldridge (2016), it is useful to have a copy at hand while working through this book. The fifth edition of Wooldridge (2013) can be used as well; older editions are not perfectly compatible with regard to references to sections and examples.

(引用：　Heiss "Using R for Introductory Econometrics" , 2016.)

要は4版以前は互換性が劣るということですね。

もう4版には戻れない…！

というわけで第5版を基準に変更点を見ていきましょう。

まずは各editionの特徴を見てみよう

5^th edition: published in 2012

虹色四角の書影がハードカバー、緑ベースがInternational Editionのペーパーバックです。 

Introductory Econometrics: A Modern Approach 5e

Introductory Econometrics 5e [AISE]

版元のHPはもう消滅しているようです。ほかの版にも言えますが、データ公開以外のStudent Resourcesの公開があまりないのがいただけない点ですね。練習問題のSolutionは本として別売りされています。洋書テキストではよくある話。商魂たくましいなあ…。

6^th Edition: Published in 2015

Introductory Econometrics: A Modern Approach (Upper Level Economics Titles)

版元HP：https://www.cengageasia.com/TitleDetails/isbn/9781305270107

前述のR Packageは6th Editionのデータセットを格納しているので、第6版まではRでの操作に不自由はないはずです。

また、Rでの計量経済学の実装を紹介したHeiss "Using R for Introductory Econometrics"はこの版に完全準拠したものです。オンラインでも読めるので、併せて読むのもよいかもしれません。

urfie.net

7^th Edition: Published in 2019

Introductory Econometrics: A Modern Approach

版元HP：https://www.cengageasia.com/TitleDetails/isbn/9781337558860

2019年の最新版、授業で指定されたときは値段に目が飛び出るかと思いました。（約4万円）

個人的には表紙のデザインが好きになれない…。

（2020/02/22追記: student resourcesのページをやっと見つけました。。。）

Prefaceを見てみよう

全体的に、S&Wに比べて変化がminorな感じがするんですよね。

6^th ed.

• ほぼすべての章：新しい練習問題の追加
• 第2章（単回帰分析）：相関係数と回帰係数の関係について追記
• 第3章（重回帰分析）：欠損値とR2の関係
• 第6章（重回帰のトピック）：非線形モデルにおけるAverage Partial Effectについて追記
• 第8章（不均一分散）：Chow検定とウェイト付き最小二乗法のより詳細な説明
• 第9章（欠損値）：欠損値の扱い、Missing Completely At Random
• 第14章（パネルデータ）：アンバランスなパネルデータ、クラスター化したパネルにおける個体効果の扱い
• 第15章（操作変数）：weak instrumentsについて追記

（参照：Wooldridge "Introductory Econometrics" 6th ed.)

7^th ed.

• ほぼすべての章：新しい練習問題の追加
• 第2章（単回帰分析）：早い段階でのダミー変数の導入
• 第2,3,4,7章：反事実モデル、因果推論に関係する節を追加
• 第3章（重回帰分析）：重回帰分析の応用例を追加（予測、効率性分析、政策評価）
• 第7章（質的変数）：潜在アウトカムの議論を追記（一定でない処置効果）
• 第9章（データの処理）：欠損値処理について追記
• 第12章（時系列）：大幅改訂、章内構成の変化
• 第13章（パネルデータ分析）：DIDの拡張、自己相関へのFDによる対処について追記
• 第14章（パネルデータの発展手法）：固定効果・変量効果・相関変量効果（CRE）について追記
• 第16章（同時決定方程式モデル）：潜在アウトカムの概念を明示的に導入
• 第17章（標本選択など）：特徴的な目的変数（binaryなど）に対する因果効果の算出方法について追記
• 第18章（応用時系列分析）：予測における適切な標準誤差の算出について詳細を追記

（参照：Wooldridge "Introductory Econometrics" 7th ed.)

7th editionではCausal Effectに対する扱いをより増やしている感じが、時代の波ってところなんでしょうか。

新しいEditionはどこを読む？

いろいろな変更点があり、正直記事のこの時点で書き手はおなかいっぱいですが、逆に言うと上記部分以外は修正がほぼないorあったとしても微々たる修正ということでしょう。では、最新版を読む際にどこを追加で読めば済むか、章単位で比較してみましょう。

5th: 2011	6th : 2015	7th : 2019
Ch.1 The Nature of Econometrics and Economic Data.	Ch.1 The Nature of Econometrics and Economic Data.	Ch.1 The Nature of Econometrics and Economic Data.
Part 1: Regression Analysis with Cross-Sectional Data
Ch.2 The Simple Regression Model. Ch.3 Multiple Regression Analysis: Estimation. Ch.4 Multiple Regression Analysis: Inference. Ch.5 Multiple Regression Analysis: OLS Asymptotics. Ch.6 Multiple Regression Analysis: Further Issues. Ch.7 Multiple Regression Analysis with Qualitative Information: Binary (Or Dummy) Variables Ch.8 Heteroskedasticity. Ch.9 More on Specification and Data Issues.	Ch.2 The Simple Regression Model. Ch.3 Multiple Regression Analysis: Estimation. Ch.4 Multiple Regression Analysis: Inference. Ch.5 Multiple Regression Analysis: OLS Asymptotics. Ch.6 Multiple Regression Analysis: Further Issues. Ch.7 Multiple Regression Analysis with Qualitative Information: Binary (Or Dummy) Variables Ch.8 Heteroskedasticity. Ch.9 More on Specification and Data Issues.	Ch.2 The Simple Regression Model. Ch.3 Multiple Regression Analysis: Estimation. Ch.4 Multiple Regression Analysis: Inference. Ch.5 Multiple Regression Analysis: OLS Asymptotics. Ch.6 Multiple Regression Analysis: Further Issues. Ch.7 Multiple Regression Analysis with Qualitative Information. Ch.8 Heteroskedasticity. Ch.9 More on Specification and Data Problems.
Part 2: Regression Analysis with Time Series Data
Ch.10 Basic Regression Analysis with Time Series Data. Ch.11 Further Issues in Using OLS with Time Series Data. Ch.12 Serial Correlation and Heteroskedasticity in Time Series Regressions.	Ch.10 Basic Regression Analysis with Time Series Data. Ch.11 Further Issues in Using OLS with Time Series Data. Ch.12 Serial Correlation and Heteroskedasticity in Time Series Regressions.	Ch.10 Basic Regression Analysis with Time Series Data. Ch.11 Further Issues in Using OLS with Time Series Data. Ch.12 Serial Correlation and Heteroskedasticity in Time Series Regressions.
Part 3: Advanced Topics
Ch.13 Pooling Cross Sections Across Time: Simple Panel Data Methods. Ch.14 Advanced Panel Data Methods. Ch.15 Instrumental Variables Estimation and Two Stage Least Squares. Ch.16 Simultaneous Equations Models. Ch.17 Limited Dependent Variable Models and Sample Selection Corrections. Ch.18 Advanced Time Series Topics. Ch.19 Carrying Out an Empirical Project.	Ch.13 Pooling Cross Sections Across Time: Simple Panel Data Methods. Ch.14 Advanced Panel Data Methods. Ch.15 Instrumental Variables Estimation and Two Stage Least Squares. Ch.16 Simultaneous Equations Models. Ch.17 Limited Dependent Variable Models and Sample Selection Corrections. Ch.18 Advanced Time Series Topics. Ch.19 Carrying Out an Empirical Project.	Ch.13 Pooling Cross Sections Across Time: Simple Panel Data Methods. Ch.14 Advanced Panel Data Methods. Ch.15 Instrumental Variables Estimation and Two Stage Least Squares. Ch.16 Simultaneous Equations Models. Ch.17 Limited Dependent Variable Models and Sample Selection Corrections. Ch.18 Advanced Time Series Topics. Ch.19 Carrying Out an Empirical Project.
Appendices
Appendix A: Basic Mathematical Tools. Appendix B: Fundamentals of Probability. Appendix C: Fundamentals of Mathematical Statistics. Appendix D: Summary of Matrix Algebra. Appendix E: The Linear Regression Model in Matrix Form. Appendix F. Answers to Chapter Questions Appendix G. Statistical Tables.	Appendix A: Basic Mathematical Tools. Appendix B: Fundamentals of Probability. Appendix C: Fundamentals of Mathematical Statistics. Appendix D: Summary of Matrix Algebra. Appendix E: The Linear Regression Model in Matrix Form. Appendix F. Answers to Chapter Questions Appendix G. Statistical Tables.	Math Refresher A: Basic Mathematical Tools. Math Refresher B: Fundamentals of Probability. Math Refresher C: Fundamentals of Mathematical Statistics. Advanced Treatment D: Summary of Matrix Algebra. Advanced Treatment E: The Linear Regression Model in Matrix Form. Answers to Exploring Further Chapter Exercises. Statistical Tables.

（引用：Wooldridge "Introductory Econometrics" 5th ed. , Wooldridge "Introductory Econometrics" 6th ed. , Wooldridge "Introductory Econometrics" 7th ed. 青字は筆者)

青字が改訂された部分を含む章です。

SWと違って章構成は変わってないですね。改訂部分も前半に固まっていて、執筆ポリシーのちがいを感じたりします。

基本、Prefaceで改訂したと宣言している部分だけ最新版を読めばいいのではないでしょうか。あと、Wooldridgeは毎回Exerciseに注力しているようなので、せっかくですし最新版の問題を解いてみるのもよいかもしれません。 是非最新版を読む際に参考にしてください。

具体的に節レベルでどう違うかは以下の記事を参考にしてください：

• Part 1 （第2~9章）
• Part 2 （第10~12章）
• Part 3 （第13~19章）

*1:基礎的な内容や構成はeditionを跨いでも変わらないことが多いことを踏まえると、高いor貸出期限が短い最新版よりも、手に入れやすいeditionをじっくり読むほうが基礎としては身になると思います。また、ベースから説明がどう変わったかという点に、最新の議論へのアップデート＋理解の仕方のアップグレードの2種類が詰め込まれていると思っているので、古いeditionで大体を理解して新しいeditionで知識を固める、という方法は知識を固定化する面で良いんじゃないかと。詳細は改めて

*2:要はネットに転がっているPDFをダウンロードして使っているってこと